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つかこうへいの遺言は「対馬海峡あたりで散骨を」




一番最初に見たつかこうへい作品は「ストリッパー物語」でした。
ずいぶん古いですが、ものすごく衝撃を受けたことを覚えています。
テンポの良さと歯切れの清清しさは、その頃から全開でした。


スポーツ紙などには「覚悟の死」などという活字が躍っていますが、
つかこうへいらしい潔さが感じられる最期だったのだと思います。


「蒲田行進曲」や「熱海殺人事件」で一躍世に知られたつかこうへい
の才能ですが、在日二世であることをとくに隠しもせず、かといって
自ら喧伝して回るようなこともなく、自然体である素晴らしさを身
をもって体現していた素晴らしさが印象的です。


千葉県鴨川市の亀田綜合病院で7月10日午前に、肺がんで亡くなっ
たつかこうへいは、今年の1月25日に肺がん治療と入院を公表する
以前の元日に遺言を残していました。


これがまた拍子抜けするほどサバサバした内容で、「覚悟の死」と
いうような壮絶さを感じさせるものではなく、実に淡々と別れを告げ
る文章には、一種の美学さえ感じられます。


つかこうへい’98戯曲集


通夜、葬儀、お別れの会も一切いらない、という思い切りの良さ、
そして遺骨は望郷の海である対馬海峡、韓国と日本の間に娘に散骨
を頼むあたり、憎いほど劇作家・演出家の真骨頂を発揮したつかこう
へいのダンディズムだと思えました。
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Tag : つかこうへい,遺言,対馬海峡,散骨,肺がん,

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